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ロシアの南下政策を警戒

1884年の開化派の金玉均(1894年、明成皇后の刺客、洪鐘宇により上海で暗殺)らの甲申政変により一時期政権を奪われるが、これも清軍の力を使って政権を取り戻し、開化派の政権は3日で崩壊した。 1885年になると、ロシアの南下政策を警戒しだしたイギリスなどを牽制するために親露政策もとりはじめる。 1894年に東学党..
update:2009年09月14日
【生き方名言】
・そなたのために、たとえ世界を失うことがあっても、世界のためにそなたを失いたくない。 byバイロン